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しようと思って、昨日オベンティックに行った。
でも、今回はポローへの滞在許可書がもらえなかった。 なぜなのかよくわからないけれど、また明後日にでも行ってみよう。 でも、おかげでアメリカ人で15年近く前からサパティスタ自治区で活動している人に会った。 いろいろな支援活動をしているみたい。 http://www.schoolsforchiapas.org/english.html 深い自然に包まれた山々。 なだらかな斜面を見つけては家を建て、羊と共に洗濯モノを干しながら暮らす人々。 サンクリストバル・デ・ラス・カサスの街の北の端から出る「ボチル」行きの乗り合いワゴンに乗って、「オベンティック」で降りると告げてから約1時間、そんな山道を通り、ゲートのある一つの集落にたどりつく。 ![]() オベンティック。5つあるサパティスタ行政中心地のうちの一つ、高山地域の自治区を統括する集落だ。 すぐ近くでは、メキシコ軍が常駐し、常に睨みをきかせているため、入口にはゲートが設けられ、顔を隠した門番が来訪者にパスポートの提示を求める。 中に入ると、事務所でチェックインし、行政委員会で来訪の目的などを面接し、滞在許可書をもらう。 今回は高山地域にある「ポロー」という自治区での2日間の許可をもらった。 オベンティックは行政中心地として新しく切り開かれた土地で基本的に住人はいない。 各自治区の事務所と、いくつかの協同組合と中学校があるだけだ。 各自治区には中学校はないので、中学生は下宿しながら学ぶ。金曜日には実家に帰り、月曜日にまたオベンティックの中学校に集まる。 オベンティックからポローへは少し来た道を戻る。「チェナロー」への分かれ道で車を降り、「チェナロー」行きの車を拾い、さらに「チェナロー」で「パンテロー」行きの車に乗る。「パンテロー」までの道中にまたゲートで固められたポローの集落がある。 ![]() サパティスタはそもそも自分たちの声を聞いてもらうために銃を持った。 来訪する外国人の宿泊できるスペースがあること、キッチンを自由に使わせてもらえ、滞在することができるその態勢が、そういう想いを裏付けている。 ポローは斜面にくっつくようにして暮らす村だ。貧しいけれど、伝統的な生活文化が残り、昔ながらのマヤの先住民の面影がそこにはある。 でも、5年前に訪れたときと比べ、商店の数が増え、協同組合やバスケットコートの数も増えている。 これは経済的に少しずつ発展しているということなのだろうか? それとも外からの支援によってもたらされた変化なのだろうか? よくわからない。 どちらであった方がいいのかもよくわからないし、 この変化そのものが良きものであるのかどうかもよくわからない。 ![]() でも、「おれたちは闘っている」という声は変わらない。一見ふつうの伝統を残した観光にぴったりな村に見えても、ここは紛争地、戦闘地なのだ。 自治という戦闘、対話という戦闘を彼らは深く自覚している。 自治区内の小学校の先生はこう言う。 「おれたちは自治という闘いをしている。目指すところは、世界が正義で満ち溢れること。ここでは先住民はずっと平等に生きてきた。みんな貧しいけれど、平等だった。でも、街はどうだ?ここと街は同じか?そう、おれたちは何も持ってないけれど、闘っている。おれたちが勝てば世界は変わる。明日は世界は変わるんだ。」 小学校の先生は月曜から金曜まで教育という仕事に携わる。 そして、その職での収入はない。村にキッチンがあり、(来訪者もここを使える)そこに人々は主食や野菜、豆を持ち寄る。先生たちはそれらを食べ日々をつなぐ。 そして、土曜日曜に自分の畑に出て、わずかな現金を得、日用品などを買う。 「おれたちは闘っているから」と彼らは言う。 ポロー村の主要産業はコーヒーと布の生産だ。 コーヒーは収穫期は冬で、今はコーヒーがない。 布は糸を買い付け、染色し、縞柄のナグァと呼ばれる布を織る。これがこの地域の特色の民族衣装の素材になる。それらを隣村の土曜市で売る。街で売ればもっと高値で売れるだろうけれど、街まで運ぶのにまたたくさんの費用がかかる。 トウモロコシ、豆、果物は自給できるが、そのほかの野菜は仕入れなければならない。 閉ざされたような地域だからこその流通の不便さも村の経済の障害になっているように思える。 ![]() でも、それらに対してどう考えればいいのか、 どう手を差し伸べるべきなのか、 そもそも手を差し伸べるべきなのか、 いろいろなことに対して、ぼくは判断を下せないでいる。 そして、この報告をしている。 明日、またポローに行くだろう。 そして、またいろいろな下せない判断を抱えて帰ってくるだろう。 いつの日かいろんなことがすっきりと晴れることを願って。 ![]()
一週間くらい前に道草屋一家がカサ・カサに入りました。
一週間くらいの間は階段をちょっとなおしたり、 世話人部屋をかたづけたり、 イスの修理やら、 玄関の掃除やら、 お風呂の掃除、 今までの世話人さんの情報読んだり。 どたばたやってるうちにもう一週間。 でも、この間には韓国人のお客さんにキムチをおしえてもらって、作ったり、 チヂミとか韓国のホウトウとか、 納豆作ったり。 すでにカサ・カサだなあっていう懐かしい、新鮮な生活が始まっている。 そうなんね、カサ・カサは次々と新しい人々が訪れる常に新鮮な新しい風が吹き込む。 そんな空間。 そこに道草屋は大地に根をはっているような生活を、空間を、織り合わせよう。 どこまでできるかわからないけれど、 そんな風が吹き、根が大地にのびてゆくような空間をつくろう。 明日は、4人グァテマラとかカンクンとか、コミタンとか行ってしまう。 ちょっとさびしくなるけれど、そういうものだ。 風は吹いてくると、どこかに抜ける。 そんな場所。
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